<アデレードのことならおまかせ!>

アデレードを代表する医療機関と大学が取り組んだ「義手デザインプロジェクト」。アデレードではもちろん、オーストラリア国内でもこれまでにあまり例がないといわれるこのプロジェクトはその内容の新規性に加えて、それを主導したのが二人の日本人だったという点でも注目を集めている。

二人の日本人プロフェッショナルの出会い

義手や義足などの義肢装具は戦後からデザインがほとんど変わっていないものもあるんです」。アデレードで義肢装具士としてWomen's and Children's Hospitalに勤務する大谷洋史氏はかねてから、もし自分が義手や義足を必要とする立場になったときに果たして自分がそれらを身に付けたいと思うか、ということを自問自答してきた。また、最近では欧米諸国や日本でもファッショナブルで機能的な義手や義足がデザイナーとエンジニア主導で作り始められている様子を複雑な思いで見ていた。「義肢装具士もデザイン製作のプロセスに関わることでよりファッション性と使い勝手に優れたものが生まれ、ユーザーにとってはより魅力的なものになるのではないか。オーストラリアでそのような取り組みを実現できないか」

そんな大谷氏の使命感が南オーストラリア大学(UniSA)教授の星圭氏との運命的な出会いをもたらした。

「デザインの知識を持った人に義肢装具のデザインについてデザイナーと義肢装具士がどのように協働できるかを打診するため、南オーストラリア大学(UniSA)の芸術・建築・デザイン学部にメールで直接コンタクトをとってみました。そして転送されたメールが最終的にUniSAでインダストリアデザインを教える星さんに届いたんです」

一方、星氏の方でも、自分自身ではこれまで考えもしなかった話だが内容がとてもおもしろそうだったこと、メールの発信者が日本人だったことに興味を持ったという。また、大谷氏のメールに添付されていたあるミュージシャンが使用する義足のデザインの写真が、星氏が今回の話を聞く数日前に偶然見たデザイン雑誌にも紹介されていたことも大谷氏の提案との縁を感じたのだった。

「私は元々インダストリアルデザインをしていて日本ではオーディオのデザインなどを手がけていました。その後、アメリカやヨーロッパの大学院での修士号や博士号修得の過程で障がい者や認知症の老人のためのデザインについて興味をもつようになって研究にも取り組んでいました。そういう背景もあって今回の義手のデザインは個人的にもおもしろいと思いました」

そして、現在UniSAで教鞭をとる星氏は、今回のプロジェクトをUniSAのデザイン専攻の学生のコースカリキュラムに実践プロジェクトとして早速取り込むことにした。義手のデザインを授業で扱うことのみならず、プロジェクトを実際の授業の一環として取り組むことはUniSAのデザインの学士号過程では初めての試みだった。

プロジェクト始動

プロジェクトが始まるとUniSAの学生は先ずは病院に足を運んで義手の製作工程を学び、実際のユーザーから直接話を聞くことで新しい義手のデザインについて考え始めた。進行は50人のクラスを9つのグループに分け、グループの代表が病院を訪ねて義手の製作現場を見たりユーザーにインタビューを行い、それを基にしたグループ内でのディスカッションなどを経てグループとして最終的なデザインを仕上げる形で行われた。また、デザインの対象は当初は“ダイニング”というシーンに関連する義手という想定をしていたが、プロジェクトが進むにつれてアイデアがどんどん膨らむようになり、結局は“日常生活”というより幅広いテーマの基でデザインを制作していくこととなった。

「デザイナーが自分だけでデザインを考えるのではなく、専門家やユーザーなどそのデザインに関わりをもつ人たちと一緒になってデザインする、つまり極端に言えばデザイナーはファシリテーターのような役割になる手法をインクルーシブデザインなどと言ったりしますが、今回はそのテストケースとして学生にも有意義な活動だったと思います」(星氏)

また、実際に学生に義手の製作工程について説明した大谷氏は、学生からは質問も多く、写真も積極的に撮影するなど学生の興味が高かったことに手応えを感じたという。

「グループによってはトラクターを運転するための義手だったり、釣り用、自転車用、ゲームのコントローラー用の義手など、学生たちの着目点と自由な発想はおもしろかったです。実用化はまた別の話になってくると思いますが、例えば私の病院にいる手に障がいのある小さい子どもがゲームを楽しめるようになったらいいなと思いました。今後は手先に障がいのある子どものためには作業療法士などにも入ってもらう、というように幅広く発展させていくことができると期待しています」(大谷氏)

 

              

   

義肢装具のこれからについて考える

8週間のプロジェクトの成果として今回最終的に9個のデザインが3Dモデル(CAD)で提案され、一部はテスト品として3Dプリンターで出力されて立体的な感覚も表現された。学生たちの満足度や医療機関関係者からの評価も高く、最初のプロジェクトとしては十分な成果を収めたといえる。次のステップはまだ構想段階というものの、星氏は引き続き学士号過程の学生が半年ほどかけて実際のモデルまで制作していくこと、もしくは今度は修士号過程の学生に1年間程度のプロジェクトとして実用化まで意識したデザイン制作を行っていくなどを今後学内でさらに調整していく考えだという。

「スウェーデンではレゴを使った子ども用の義手なども提案されています。特に義手の分野の動きは活発で、世界的には大学やデザインスクールが義手のデザインに取り組むケースも多くなってきています。教える立場から言わせていただくと、デザインに携わる学生にはいろいろな世界があるということをもっと知って欲しいですし、結果的に社会に貢献するようなデザインが創られるといいと思います。これからのデザイナーはもっと人間、そして今現在という時間と向き合って欲しいですね」(星氏)

そして大谷氏も「義足や義手、装具などはこれからどんどん変わっていくと思います。ユーザーは新しい情報や知識を豊富にもっていますし、ユーザーばかりでなくその周りの方にとっても今後義肢装具に対する認識や価値観も変わっていくでしょう。義肢装具士もデザイナーも新しい流れに取り残されないような努力が必要だと思います」と今後も積極的に義肢装具の発展に貢献していく考えだ。

アデレード在住の日本人が中心的な役割を担った今回のプロジェクトが新たなステップに発展し、さらにはオーストラリア国内でも義肢装具への関心や意識がさらに高まるきっかけになることが期待される。

プロフィール

星 圭(ほし けい)
南オーストラリア大学上級講師。京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、大手音響機器メーカーデザイン部デザイナー、イリノイ工科大学デザイン学部修士課程修了、スウェーデンウメオ大学情報科学部(インフォマティクス)博士課程修了、チューリヒ大学博士研究員(ポスドク)、チューリヒ芸術大学インタラクションデザイン学科講師を経て現職。専門領域はインタラクション デザイン、ヒューマン コンピューター インタラクション(HCI) デザイン/リサーチ、デザインの経験主義的アプローチ等の研究。EU (European Union) and Ambient Assisted Living (AAL) Joint Programme funded project, The Swiss Commission for Technology and Innovation project 等に参加。

大谷 洋史(おおたに ひろし)
Women’s and Children’s Hospital 義肢装具士。愛知学院大学経営学部卒業後、日本聴能言語福祉学院義肢装具学科に入学、資格取得後日本の義肢装具製作会社に勤務。ラトローブ大学義肢装具専攻アップグレードコースを経て現在はアデレードにあるWomen’s and Children’s Hospitalにて義肢装具士として勤務。