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一人ひとり

障害者生活支援ワーカー/Disability Support Worker
吉崎佑輔(よしざき ゆうすけ)

フリンダース大学に通いながら障害者生活支援ワーカーとして障害者のケアに従事する吉崎さん。日本からワーキングホリデーでニュージーランドに渡った9年前には考えられなかったという現在の自分の姿と仕事について聞いてみた。

きっかけ
ニュージーランドからオーストラリアに移ってワーキングホリデーを続ける中で吉崎さんが考えたことは、専門知識を得て永住権取得への可能性を探っていくことだった。当時、色々と調べていくうちに自分にとって永住権取得への選択肢となりそうな職種は美容師、車整備士、介護士のいずれか。「手先が不器用なので」と介護士の選択肢を選んだという吉崎さんだが、理由はそれだけではなかった。

母親が癌を患い、その看護をしているときのこと。「ガーゼや点滴の交換など、看護師の資格がなくても自分でしてあげられることがあって、医師が認めれば母を外出させられるということでした。早速医師にお願いして方法を習って最後には外出許可をいただきました。その時婦長さんから『看護師になっては』と言っていただきました」と語る吉崎さん。そんな経験が心に残っていたのだという。

 

体験から学ぶ
吉崎さんはその後専門学校で介護士のディプロマを取得、現在はフリンダース大学のDisability and Developmental Education で学士号を取得中だ。大学では障害者と健常者の比較から主にコミュニケーション能力の発達や病気に対する対処方法の違いなどを学んでいる。

また、現在大学と並行してHARROW HOUSE(自立性の比較的高い知覚障害者が集団生活を行う宿泊施設)で障害者生活支援ワーカーとしてフルタイム勤務する吉崎さんにとっては、現場での実体験が貴重な財産となっている。

HARROW HOUSEでは20-30代の知覚障害者 12人が日中はそれぞれ仕事をしながら共同生活をし、それを10人のスタッフが交代制で24時間サポートしているが、その仕事の中で吉崎さんは自らに置き換えて気をつけていることがある。「障害者といっても一括りにはできません。自閉症でもダウン症でも一人ひとりみんな違うので、それぞれに合ったケアが必要です。例えば、日本人だからといって皆ゲームに詳しいわけではないように。私はオーストラリアに来て初めて、自分に貼られている“日本人”というラベルに気がつきました。今はラベルを貼って一括りにしたのではその人のことを理解できないと感じています」。

 

ポテンシャル

吉崎さんはこう続ける。「健常者と障害者を例えばオーストラリア人と日本人として置き換えてみることもできます。オーストラリアの中では日本人の見た目や話す言葉、文化はある意味特殊なように、健常者から見たら障害者は異質に見えるかもしれません。オーストラリアでは日本人やその文化は受け入れてもらっています。でも社会の中では健常者が障害者を受け入れないことで障害者のポテンシャルを見過ごしてしまっていることもあるように思います。知覚障害の人たちには実際に潜在能力もあり、新しい言葉をどんどん覚えられることを自分は日に日に発見しています」。

吉崎さんは大学卒業後、より現場を理解する人間として障害者をサポートする組織のマネジメントを担っていくことを目指している。

  

取材:2013年6月